ちゅうにちとは

昭和27年には赤岡町には3軒の製麺場があり(それ以前には多数の素麺製造場があったそうです)中華麺も製造されました。
食堂ではラーメン(当時は中華そば)はスープにかかるコストが高く、また煩雑であるため、各店ではうどん風の出汁をスープとして使用しました。またうどん出汁に焼きそば麺を投入する形式のお店もたくさんありました。
30年ほど前までは、各町内に子ども相手にも、おでんやお好み焼きを販売する軽便食堂が多数あり、それらのお店でちゅうにちは必須のメニューでした。
その後、公共機関の町外転出による昼食需要の低下、経営者の高齢化などにより、お店の廃業とともにちゅうにちも姿を消していきました。その昔懐かしい中日を再び世に送り出そうと思い、中日の同志を募り「香南市ちゅうにち同盟」を結成いたしました。